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渋谷にラウンドワンは必要か。都会の当事者と田舎者の発想にはギャップがある。

 2015/10/19      社会

shibuya

渋谷の109にはSBYという喫茶店があり、とても人気があるそうです。

SBYにはアディ男さんという名物店員がおり、アディダスのファッションショーにも出たことがあり、おまけに渋谷のギャルサーを取り仕切っているようです。

最近、きゃりーぱみゅぱみゅのせいで若者が原宿に流れてしまっています。渋谷にとっては危機的な状況です。

そんな状況を憂いているアディ男さんが渋谷に望んでいることは、『ラウンドワンの出店』だそうです。

ちなみに、SBYというのは【し・ぶ・や】の頭文字をとったものであり、ギャルサーというのは【ギャルのサークル】のことです。

渋谷にラウンドワンは必要なのか

私は北海道の田舎の極地のようなところで生まれました。東京に住んで10年近いですが、いまだに観光旅行に来ているような気分が抜けません。

ラウンドワンといえば、地方都市のさらにバイパスにあるようなイメージです。

ボーリング場がない街にラウンドワンが出来ようものなら、それはもう神の恵みであり、恵みの雨です。
普段から広大な土地で遊んでいるにも関わらず、わざわざ狭い室内でフットサルやら、ローラースケートやら、体験型のアトラクションに興じる田舎者。

それはどこか滑稽で、切ない光景です。

似たような施設で、自遊空間というのがあり、高校生がいっちょ前にビリヤードやダーツに手をつけてみたりしています。

渋谷は渋谷であって欲しいという幻想

ラウンドワンやら、自遊空間にそんな切なさを覚える私からしてみると、渋谷という日本のど真ん中、遊びの塊のような街で生きる人間が『ラウンドワンが欲しい』と言うなんて、ちょっと信じがたいです。

マツコ・デラックスは、その状況にちょっと安心する、とか言っていましたが、彼女もまた千葉県民ですから、それなりの機能を持った都市で青春時代を過ごしている人間です。私はとはやはり感覚が違います。

『じゃあ、渋谷って何なんだ』と言われると、ファッションや音楽など、若者文化が溢れる街みたいなイメージだと思います。そこにラウンドワンがあったのでは、全然オシャレじゃないのです。

結局若者はラウンドワンで遊びたいのかもしれません。でも、渋谷の若者文化は、あくまでも『芸術ー(マイナス)ラウンドワン』であって欲しいのです。

均一は最悪

都会に憧れる若者と、田舎臭いダサい遊びを欲する都会の若者。よくある話かもしれません。

しかし、考えてもみて下さい。

都会の若者が田舎に流れるのはまだいいんです。何もないことに憧れているんですから。

でも、そうやって都会の文化が縮小していくと、田舎の若者がいざ渋谷に来た時に、『なんだ俺の街と変わらないじゃないか』ということになり、とても淋しい。

だから、やっぱり渋谷は渋谷で在り続けて欲しいのです。

変化は大いに結構ですが、田舎も渋谷も均一になっては困るんです。どこの観光地に行っても、どこの駅で降りても一緒じゃダメなのです。

スターバックスがあるとかないとか、そんなことに一喜一憂するのはそろそろやめようぜ、ということです。

地方再生も首都再生も同時に進め

地方への移住が流行っています。それぞれ特色を出そうと頭の良い人が頑張っています。

同じように大都市の有名な街も頑張らないといけません。

お客さんではいけない。自分もまたその街を作る一員だという意識が持てれば良いのでしょうね。

まとめ

ラウンドワンが出来たら、色んなものが一気に崩壊してしまうような気がします。

でも、当事者(の1人)はそれを求めているようです。